人気ブログランキング | 話題のタグを見る

みかんのつぶやき3

比較・・・・・

ねね、お母さん。聞いて^^

あ^^ うん いいよ お母さん、、ちゃんと 聞いてるよ。

から、始まる 末っ子の本読み。

夕陽が背中をおしてくる・・・・・・・・


というタイトルの詩が、今息子 三年生の教科書にでてくるのだ。


一年生のときは、字もまともによめなくて、担任の教師におどかされたもんだが
今は、こんなにちゃんと 読めるじゃん。。。。
(三年生ならあたりまえか? (^^;; ひやあせ)

それが、当たり前なことだとしても、私にとっては うれしいことだ。
何年生なんだから できて当たり前。
そういう感覚は、誰にもあるし、実際 上の姉たちのときは、気にもならなかった。
勉強ができるほうとは、いわないけど、まぁ 同級生の中で、めだって 遅れることもなく
日々の勉強にもだえながらも (笑)特に教師から指摘されることなく、すごしてくると
当たり前じゃん と、口にしなくても、なんとなく 通り過ぎてしまう物である。

が、一旦うちの長男のように、一年生のときに、教師から お宅のお子さん 遅れてます
なんて、いわれると、親はパニックだ。

え? え? そうなの?

学校の勉強のことは、どういった進み具合なのかは、全部を把握してるわけじゃないから
教師がそういうんだから、遅れてるのかな?
と、心配で心配でならなくなる。

家庭でみる子供の様子をみて、ちょっとでも、プリントとか、本読みとか つっかえたり、悩んだりしている姿をみると、同級生は出来るのに、うちの子は、こんなところでつまずいているのかしら
と、悩んだりする。

同級生のお母さん同士の会話で、悩みを話したとしても、
『うちの子もそうだよぉ~~』と、謙遜なのか、真実なのか 
親としては、その言葉を鵜呑みにできない 緊迫感が生まれてしまうのだ。

そこから、始まる・・・・・・比較という行為。

子供の前では、悟られないようにしても、親の心のうちは 穏やかではない。

そんな日々をどれくらい すごしただろう・・・・・・・。

何がきっかけ・・・という訳でもなかったけど。
比較という行為がどんだけ 精神的に辛いものか、ということが、多々あって。
比較から生まれる、精神的不安定な自分に、疲れ始めて。
つぶれそうになってみたり。

他人から 比較されなくても、自分自身の中で 比較してしまうようになると

もぅ・・・・・・ただごとではなく、精神不安に陥る。

この状態は、大人でも、子供でも一緒だ。

しっかり、比較という文字を 削除しないといけないか。

切実に思った。

競争社会では、比較は 必要かもしれないけど

人間性や、子育てに 比較という文字は 必要ない。

競争社会というのは、子供たちが 社会にでてから 比較という文字をしればいい。

今は、無用なものだと  自分の心にいいきかせる。
by naturalorange3 | 2005-11-15 08:38
<< お食事会 お仕事の話 >>



たわいもないこと、かいてます。

by naturalorange3